大阪地方裁判所 平成5年(ワ)12541号 判決 1997年2月10日
原告
箕輪美知恵
被告
岩見靖夫
主文
一 被告は、原告に対し、金二七八万〇六七〇円及びこれに対する平成二年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合に金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを六分し、その五を原告の、その余を被告の各負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金一七五五万九五一七円及びこれに対する平成二年一二月二七日(不法行為日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、被告運転の普通乗用自動車に自己運転の普通乗用自動車が衝突され、傷害を負つたとして、被告に対し、自倍法三条に基づき、損害賠償請求した事案である。
一 争いのない事実など(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)
1 本件事故の発生(以下「本件事故」という。)
(一) 日時 平成二年一二月二六日午後一〇時五五分ころ
(二) 場所 兵庫県川西市平野字上芝四六八番地先路上(国道一七三号線)
(三) 加害車両 被告運転の普通乗用自動車(神戸五四た六一六〇、以下「被告車」という。)
(四) 被害車両 原告運転の普通乗用自動車(なにわ五六ち五九九、以下「原告車」という。)
(五) 事故態様 停車中の原告車に被告車が追突した。
2 責任原因
被告は、本件事故につき、運行供用者として自倍法三条に基づく責任を負う。
3 原告の治療経過
原告は、本件事故による傷害の治療のため、次のとおり入・通院した。
(一) 平成二年一二月二七日から同三年一月一二日まで医療法人晋真会ベリタス病院(以下「ベリタス病院」という。)入院(入院日数一七日)
(二) 平成三年一月一一日から同年一月二〇日まで住友病院通院
(三) 平成三年一月二一日から同年二月三日まで右病院入院(入院日数一四日)
(四) 平成三年二月四日から同五年二月九日まで右病院通院
二 争点
1 原告の傷害の内容及び後遺障害の有無、内容、程度、本件事故との因果関係等
(一) 原告の主張
原告は、本件事故により、第五、六頸椎椎体骨折、頭部外傷Ⅱ型、頸椎捻挫、環軸椎脱臼の傷害を負い、平成五年二月九日症状固定するに至つたが、頑固な頭痛、肩こり、腰痛、頸部痛、両上腕部の軽度の麻痺、温冷痛覚、膀胱直腸障害、右上奥歯の鈍痛、視力低下等の後遺障害が残り、これらは「局部に頑固な神経症状を残すもの」として、自倍法施行令第二条別表の後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)の一二級一二号に該当する。
(二) 被告の主張
原告の受傷内容は単なる頸椎捻挫だけで他の傷害はなかつた可能性が高く、また、原告主張の後遺障害はいずれも他覚的所見に乏しいものであり、実際には存在しないか、仮に存在したとしても、本件事故に起因するものではなく、原告の心因的要因によるものである。さらに、本件事故による休業期間は事故後三か月、治療期間は事故後六か月が相当である。
2 損害額
第三争点に対する判断
一 争点1(原告の傷害の内容及び後遺障害の有無、内容、程度、本件事故との因果関係等)について
1(一) まず、証拠(甲二、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、本件事故は、停車中の原告車の右後部ドア付近に被告者の左前部が衝突し、さらに、右衝突により左側に三・四メートルほど押された同車の左後部ドア付近が同車左側にあつた石垣に衝突したものであること、右衝突により、原告車の左右側部には中程度の凹損が生じたこと、同車運転席に乗車していた原告は、本件事故により、車内のフロントガラス等に頭部等を打ち付けたこと、本件事故により、原告車のドアが開かなくなり、原告は車内に閉じこめられたことが認められる。
(二) 次に、証拠(甲三ないし六、八、二二、二五ないし二七、乙一ないし四、六、七、原告本人、弁論の全趣旨。なお、枝番のある書証は枝番を含む。以下、証拠摘示につき同様。)を総合すれば、本件事故後の原告の治療状況、症状の推移等について、次の事実が認められる。
原告(昭和四一年一二月一三日生)は、救急隊の介助により原告車内から救出され、ベリタス病院へ緊急搬送されたところ、同病院の医師に対し、主として頸部痛、頭部痛等を訴え、頸椎捻挫、頭部外傷Ⅱ型と診断されて入院治療を受けることになつたが、神経学的検査等において特に異常は認められず、また、頭部及び頸部のレントゲン検査、CT検査においても特に異常は発見されなかつた。担当医は、ネツクカラーを処方するとともに、頸部湿布処置、投薬等により経過観察することにしたが、原告がその後も頸部痛、頭部痛、両手足の痺れ(特に右手の痺れ)等を訴えたため、平成三年一月九日、入院当初に撮影した頸部CT、レントゲンフイルム等を再度見直したところ、原告の圧痛点に一致した第五、第六頸椎椎体に骨折線を発見したため、原告にその旨を説明し、再度、CT検査等を行いたいと伝えた。原告は、以前から、子供を産むまではX線を受けなくないと考えていたが、担当医からCT検査であれば被爆量が少ない旨説明されたため、検査を受けることを決意したものの、骨折線を見落としたベリタス病院で検査を受けることに躊躇を覚え、平成三年一月一一日から住友病院へ転院して治療を受けることにした。なお、原告は、ベリタス病院を同年一月一二日退院した。
原告は、住友病院においてもほぼ同様の症状を訴えたが、当初同病院のベツドが空いていなかつたため、同年一月二一日から入院して治療を受けることになつたところ、神経学的検査等おいて特に異常は認められず、また、第五、六頸椎椎体骨折については、頸部レントゲン検査、CT検査、MRI検査においても判然としないと診断された。担当医は、同年一月二八日、原告とその母親に対し、CT、MRI検査上骨折はなく、現在の症状は頸部挫傷と自律神経失調症によるものである旨説明し、その後も主として介達牽引療法等による治療を続け、同年二月三日、原告を退院させて通院治療に切り替えた。原告は、その後、徐々に症状が軽快するに至つたものの、依然として、頸部痛等の前記症状のほか、腰部痛、耳鳴り、吐き気、両肩痛等の多彩な症状を訴え、同病院に一か月に一ないし三回程度通院して治療を続けたが、平成五年二月九日、症状固定したと診断され、担当医によつて、自覚症状記載欄に「頸部痛を訴える」、他覚症状等の記載欄に「後頸部に圧痛を認める。両上下肢の神経症状は異常を認めず」と記載された後遺障害診断書が作成された(なお、住友病院への実通院日数は三六日)。
原告は、その後も、同五年四月一九日から西大阪病院において治療を受けたが、前記病院の診断とほぼ同様であり、また、同月三〇日からは北野病院において治療を受けたが、第五、六頸椎椎間板の膨隆(ただし、明らかな椎間板ヘルニアとは認められない程度のもの)が認められ、脊柱の圧排が疑われると診断されたほかは、ほぼ前記病院における診断と同様であつた(なお、同病院における平成五年六月二三日の診断では、第五、六頸椎椎体骨折、環軸椎脱臼とも不明確であるとされた。)。
そして、原告は、現在でも、常時ではないものの、頸部痛、手の痺れ、肩の痛み等の症状が残存していると訴えている。
2 以上の認定事実を総合すれば、原告は、本件事故により、頭部外傷Ⅱ型、頸部捻挫の傷害を負い、その後、頸部捻挫が原因となつて、主として頸部痛、頭部痛、手の痺れ等の神経症状の後遺障害が生じたものと認められる(なお、第五、六頸椎椎体骨折は、医師によつても判断が分かれる程不明確なものであるから、その存在を認めることはできず、また、環軸椎脱臼についても、その存在を認めるに足りる的確な証拠はないから、これを認めることはできない。)。被告は、右後遺障害は本件事故に起因するものではなく、心因的要因によるものである旨主張するが、前記の原告の症状の内容、程度、治療状況、症状の推移等を総合すれば、原告の心因的要因が影響を及ぼした可能性があることを否定できないものの、前記の本件事故態様、傷害の内容等をも併せて考慮すれば、右心因的要因の影響は、本件事故と原告の右障害との相当因果関係を否定するには到底至つていないというべきであるから、被告の右主張は採用できない。
二 争点2(損害額)について(原告主張の損害額は各項目下括弧内記載のとおりであり、計算額については円未満を切り捨てる。)
まず、前記認定事実によれば、原告は、遅くとも、住友病院の担当医によつて症状固定と診断された平成五年二月九日には症状固定の状態に至つていたと認めるのが相当であり、これを前提に原告の損害額を算定する。
1 治療費(一七三万二七〇〇円) 一七三万二七〇〇円
右症状固定時までに要した治療費が一七三万二七〇〇円であつたことについては当事者間に争いがない。
2 入院雑費(四万〇三〇〇円) 四万〇三〇〇円
右症状固定時までに原告がベリタス病院に一七日、住友病院に一四日それぞれ入院して治療を受けたことについては当事者間に争いがないところ、一日あたり一三〇〇円として、右入院合計日数三一日分についてこれを認める。
3 入院付添費(一三万九五〇〇円) 〇円
証拠(原告本人)によれば、原告がベリタス病院に入院していた際には原告の母親が付き添つたことが認められるが(住友病院入院の際に、近親者が付き添つた事実を認めるに足りる証拠はない。)、右付添は医師の指示によるものでないうえ(原告本人)、前記認定のベリタス病院における原告の症状の内容、程度、治療状況等に照らせば、ベリタス病院に関する入院付添費を本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできず、住友病院に関する入院付添費については、付添の事実自体を認めることができないので、それによる損害も認めることはできない。
4 交通費(八万〇六一〇円) 〇円
証拠(甲二四、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、原告は、住友病院へ通院するためタクシーを利用したことが認められるところ、前記認定の原告の傷害の内容、程度等に照らせば、通院交通費としてタクシー代金を認めることは相当でないというべきである。もつとも、原告が前記症状固定日までにベリタス病院及び住友病院に入退院あるいは通院のために一定の交通費を要することは明らかであるが、その費用は本件全証拠によつても確定することはできないから、この点は、慰謝料において考慮することとする。
5 旅行キヤンセル代(四万五六三〇円) 四万五六三〇円
証拠(甲一三、一四、二三、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、原告は、本件事故当時、友人とスキー旅行に行く計画があつたが、本件事故によつて右旅行に行けなくなり、キヤンセル料として四万五六三〇円を立替払いをしてもらつていた友人に支払つたことが認められるところ、右損害は、本件事故と相当因果関係を有するものと認められる。
6 義肢代(一万七一〇二円) 〇円
右損害を認めるに足りる証拠はない。
7 休業損害(一〇二万四三七三円) 一〇二万四三七三円
(一) 証拠(甲九、一〇、一二、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。
原告は、本件事故当時、株式会社ライカ(以下「ライカ」という。)において商品企画の業務に従事し、デザイン関係の仕事をしていたところ、本件事故により、本件事故の翌日である平成二年一二月二七日から同三年三月二九日まで九三日間、同社を欠勤せざるを得なくなつた。しかし、長期間の休業により解雇されることをおそれた原告は、翌三〇日から仕事を開始し、吐き気や頭痛等に耐えながら、度々欠勤しつつも何とか仕事を続けていたところ、とうとう吐き気や頭痛等に耐えきれなくなり、同三年六月二一日から再び欠勤することにした。そして、原告は、同年八月二六日付でライカに解雇された。
この間、原告は、平成二年一二月二七日から九三日間及び同三年六月二一日から六七日間の給料を取得できなかつた。
なお、本件事故前三か月間に原告がライカから取得した支給総額は、五七万六二一〇円であつた。
(二) 以上によれば、原告の休業損害は原告主張のとおりと認められる。
五七万六二一〇円÷九〇×(九三+六七)=一〇二万四三七三円
8 後遺障害による逸失利益(二〇〇万七〇〇三円) 一九万六二五七円
前記認定事実によれば、原告の後遺障害は、頸部捻挫に起因する種々の神経症状であるところ、原告本人によれば、原告は、症状固定時以降も、右神経症状により、日常生活に多少の支障を来していることが認められるが、前記認定の右神経症状の内容、程度に加え、いずれも神経学的検査によつて異常が認められないなど他覚的所見に乏しいものであることを考慮すれば、右障害は原告主張の等級表一二級一二号には該当せず、「局部に神経症状を残すもの」として等級表の一四級一〇号に該当するというべきであり、原告は右障害により五パーセント程度労働能力を喪失したものと認めるのが相当である。そして、前記認定の原告の右障害の内容、程度、現在の原告の症状等を併せ考えれば、原告の右労働能力の喪失期間は、前記症状固定時から二年程度と認めるのが相当である。また、原告は、本件事故がなければ、前記症状固定時から二年間、ライカから前記程度の収入を取得できたと認められるから、これを基礎収入としたうえ、右二年間の中間利息と本件事故から症状固定時までの中間利息を新ホフマン方式により控除し、原告の後遺障害による逸失利益の本件事故当時の現価を算定すると、次のとおりとなる(なお、原告は、基礎年収入として、平成四年産業計・企業規模計・学歴計の二五歳から二九歳女子労働者の賃金センサスである三二八万五〇〇〇円を主張するが、前記症状固定時から二年間、原告が右センサス程度の収入を取得し得たことを認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は採用できない。)。
五七万六二一〇円÷三×一二×〇・〇五×(三・五六四-一・八六一)=一九万六二五七円
9 慰謝料(一二二〇万円) 一五〇万円
原告は、入通院慰謝料二〇〇万円、解雇慰謝料五〇〇万円、退学慰謝料三〇〇万円(原告本人によれば、原告は、本件事故当時、大阪外語大学の二部に通学していたところ、本件事故により、通学がままならなくなり、結局、除籍となつたことが認められる。)、後遺障害慰謝料二二〇万円の合計一二二〇万円を損害として主張するところ、前記認定の原告の入通院状況、症状の内容、程度、通院交通費を認めなかつたこと、その他本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、原告が本件事故によつて被つた肉体的、精神的苦痛を慰謝するには、後遺障害慰藉料七〇万円を含む合計一五〇万円をもつて相当と認める。
10 寄与度減額
前記認定の本件事故態様、原告の傷害の内容、治療状況、入通院状況、原告の症状の内容、程度、症状の推移等の事実を総合すれば、右に認定した原告の損害の発生、拡大には、原告の心因的要因が影響を与えている可能性を否定できないから、損害の公平な分担という損害賠償の理念に照らし、民法七二二条二項を類推適用して、右損害合計額の四五三万五二二七円から一五パーセントを控除するのが相当である。
四五三万九二六〇円×〇・八五=三八五万八七三一円
11 既払額
原告が被告から一三二万七七〇一円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、これを控除すると、二五三万〇六七〇円となる。
12 弁護士費用
本件に顕れた一切の事情を考慮すると、弁護士費用は二五万円を相当と認める。
三 結語
以上によれば、原告の請求は、二七八万〇六七〇円及びこれに対する平成二年一二月二七日(不法行為日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 松本信弘 佐々木信俊 村主隆行)